2009年6月2日火曜日

おくりびと(Departures)のアメリカでの反応

アカデミー外国語映画賞に選ばれるのをテレビ生中継を見て以来、NY封切を待っていました。トライベッカ映画祭のチケットは売り切れで行けず、一般公開された金曜日に観てきました。

楽しませてもらったのですが、アメリカ新聞のレビューはひいき目に言って賛否両論。提灯持ち記事を差し引くとマイナスが目立ちます。

地元のNY Timesが一番辛辣なので紹介すると
・筋がベタで見え見え
・だから映画が長すぎに感じる
・時間の無駄

関係の方には読むに堪えない評価なのですが、なぜこのような評価になってしまうのか考えてみました。
昨今のアメリカのドラマでは、ストーリーが意表を突くよう練りに練られたものが人気です。
視聴者の直観を裏切るような絶妙なストーリー展開を練り上げた心理サスペンスの「The Mentalist」はドラマ視聴率トップの人気だし(ちなみに、お勧め!)、人気が一時下火だった「24」はシーズン7になり、意外な展開の脚本で人気復活を遂げています。
この評者は、そうした最近の傾向である、ベタな展開とは真逆で、刺激溢れるものが格好良いと思い、それ以外はつまらないと思っているのではないかと思いました。

この評者は他の作品にも結構辛辣なのですが、滝田監督のピンク映画監督時代を前振りに、その後何とかこの程度のものを作ることが出来たと、自分の悪評価の正当化に使わんとしているところが、当時の経験が今の肥しになっていると言うご本人の説明を知らない読者に、自分の意見への同義的同調を促しているようでアンフェアな印象です。

実際の劇場では、後ろのアメリカ人のご婦人は、時折泣きそうになり鼻をすすっていたのですが、お父さんが石を握っていることを察した瞬間(僕と同じタイミングでした)から、堰を切ったように思い切りむせび泣いていましたよ。
アメリカ人にも、しっかり伝わっていました。
英語字幕も読んでいましたが、訳出上の無理を全く感じさせない、とてもわかり易い適切な訳だったと思います。
ちなみに英語タイトルの"Departures"ですが、納棺師が扱う「死」が表面的な意味ですが、裏に大悟が都会暮らしのチェリストからdepartして(脱して)、田舎の納棺師としての仕事を見出していく意味でのdepartureと、二重の意味が込められている名訳と思います。「おくりびと」の直接的なイメージからは遠いかもしれませんが・・・
(departとかdepartureは、「ある所から離れる」といった概念の言葉で、日本語の熟語の「出発」より幅広い意味を持っています。)

私も自分の父が亡くなった時、葬儀業者の方々の手際の良さ、遺族への配慮、納棺の丁寧さに感謝の気持ちを覚えたことを思い出し、母親はこの映画を観たのかな、とかしみじみとしたのでした。
おくりびと関係者の方々、ありがとうございました。

1 件のコメント:

  1. 多角的見解で深く素晴らしい感想だと思います

    と、4年前後にコメントを投稿してみます

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